劇場版ラブライブ

 劇場版 ラブライブ! The School Idol Movie
 監督/京極尚彦

 見てきた、公開二周目くらいに。
 初日は混みそうだったしね…実際人入りは良いようで、現在のラブライブ熱を感じますな。
 …来場特典目当ての人がほとんどだとは思うが。

 内容はTVシリーズ二期後、の話になる。
 なので、あらかじめTVシリーズを見ておくと良い。
 正直なところ、一本の映画、としてはあまり良い出来ではない作品なので、楽しむためにはある程度の事前知識が必要になる。これはちょっとマイナス点でもある。
 それでも、TVシリーズを踏まえた上での完結編。
 ひいては、ラブライブというコンテンツの一つの着地地点。
 そういう点で見れば、また評価も変わってくるだろう。

 内容に関しては、自分達の役割を終えたμ'sの9人…
 というか、主人公扱いである穂乃果が、自分達のこれからを模索し、結論付けるというお話。
 それに至るまでには、肥大化し過ぎた自分達の人気や、立ち位置に悩み。
 自分はどうするべきか、どうしたいのか、とひたすらに悩む。
 とにかく、悩みに悩んでいる話。
 そのためか、全体的なストーリーラインはやや暗めで、途中途中入るミュージカル的な演出がちょっと浮いてる気さえする。多分、新曲を流すための苦肉の策だったんだろうな。
 そして、穂乃果以外の8人は特に悩むことも、さしたるストーリーがあるわけでもなく。
 TVシリーズ同様の、いつもと変わらぬ8人が描かれている。
 この辺は意図的なものだろう、この劇場版は、穂乃果の話ということに徹底している。
 それは、穂乃果の導き出した答えを視聴者に伝えるための映画ということで。
 これからのラブライブがどうなるのか、を伝える映像だというこでもある。

 ラブライブTVシリーズが始まったのは2年前。
 …ですが、企画そのものが動き始めたのは5年前の話。
 この劇場版ラブライブですが、いつ頃からラブライブを知っているか、によって見方が全然変わってくるはずです。内容を見る限り、そういったメッセージがあると感じました。
 TVシリーズからラブライブを知った人は、TVアニメの完結編。
 一本の物語としての、明確なラストを描いた作品として映るだろう。
 あくまで、アニメ作品としてのラブライブの最後、の提示になる。
 …しかし。
 ラブライブというアニメ作品、ではなく、ラブライブというコンテンツを最初期から応援している身で見るこの映画は、素晴らしすぎてもう上映中に何度泣いたか分からないくらい。
 本当に最高だった。
 こんなに映画館で泣いたのは久しぶりだ。

 分かりやすく書くと、この映画はμ'sの解散コンサートなのよね。
 だから、それは確かに一本の独立した映画、としては残念な出来なのは当然です。
 凄い単純な話で、今まで応援してくれたファンにありがとう、凄く悩んだしお別れするのは辛いけど、私達はアイドルを卒業します!ということを伝えるだけの映画。
 これが良い。
 これが本当に素敵だ、これだけのことがこんなにも素晴らしいし、感動もする。
 さて。
 本編中で盛んに出る単語には、μ'sが人気になり過ぎたこと、ファンはこれからも続けて欲しいこと、現状のμ's熱はもう自分達の意図したものではないこと、があり。
 それと同時に、応援してくれたファンに応えたい、そしてどうすればいいか、がある。
 現在のラブライブというコンテンツそのものを表してますね、分かりやすい。
 コンテンツというのは摩耗するものです。
 続けるにしても、一旦どこかで区切りを付けないとコンテンツが死にます。
 そして、ラブライブも遂にその時期が来たということですね。

 では、どうやってコンテンツをリフレッシュするのか。
 悩む、悩みます。
 制作側もそうとう悩んだことでしょう、同様に、穂乃果もとことん悩みます。
 気軽に切るにしても、続けるにしても、ラブライブはコンテンツとして肥大化し過ぎてしまったワケです。最も正解な答えが、上手く出せないでいる。
 ここで浮上してくるのが、スクールアイドルという概念です。
 スクールアイドルという概念は、過去現在制作されてきた、アイドルものにおける発明の域に近いです。長いことアイドルもの見てきましたが、これはエライことです。
 事務所も、マネージャーもディレクターもプロデューサーもTV局も無い。
 部活の延長線上でアイドル活動をする、この発想は素晴らしい。
 …で、穂乃果、そしてラブライブの制作側が提示した答えが、映画で示されます。

 ラブライブという作品は、μ'sの話ではなく、スクールアイドルの話ということですね。
 μ'sはここで終わるけど、ラブライブは、スクールアイドルは終わらない。
 そういったことを、逃げずに、しっかりと伝えてくれる映画なワケです。
 ラブライブを知った時期によってこの映画の見方が変わる、と言ったのは、これはラブライブというコンテンツそのものを描いた作品だから、ということ。
 TVアニメラブライブのラスト、で終わるには勿体無い内容です。
 自分としては、ずっと応援してきたからこそ、凄く心に突き刺さる映画だった。
 凄い視聴者を見てくれてる映画なんですよこれ。
 今まで応援ありがとう、と素直に言ってくれている映画なんです。
 こんなに嬉しいことはないじゃないですか。

 自分は昔からアイドルものが好きで、作品にはそこそこ触れてます。
 その中で思うことは、特にフィクションのアイドルは卒業しないと駄目だということです。
 アイドルは卒業することで、引退することで、コンテンツを終了することで、最良の状態のまま記憶に残ることが出来る。これを伝説化、とも言っていい。
 ラブライブが伝説化するタイミングは過去にも一度ありました。
 ファーストライブの時ですね、実際、自分もここでラブライブは終了と思ってましたし。
 とにかく。
 伝説になることで、作品的な劣化もすることなく、語られて愛される存在になるワケです。
 で、今回のラブライブですが。
 スクールアイドルという概念を出し、ラブライブというコンテンツは続くけど。
 μ'sは終了し、伝説になります。
 これにより、μ'sは一切の劣化もなく、ファンの間で語られる存在になりました。
 この辺はリアルのアイドルでもそうですが、アイドルは全盛期に引退するべきですね。
 引き際を間違って、伝説化に失敗したアイドルとか目も当てられないです。
 伝説化に失敗した分かりやすい例はアイドルマスターですね。
 制作側が、アイドルものとは一体何か、を全く理解してなかった好例です。

 ダラダラ書いてきましたが、劇場版ラブライブで重要なことは。
 ラブライブというコンテンツそのものを描いた作品だということ。
 ラブライブはスクールアイドル達の話であって、μ'sはその中の一つでしかないこと。そして、μ'sは伝説になり、スクールアイドルはこれからも続いていくこと。
 そして、それを逃げずにしっかりと言葉にしたこと。
 早い話が、μ'sの解散コンサートだということ。
 こんなところでしょうか。
 スクールアイドルの扱い方が、TVシリーズを踏まえると急な感じもしましたが、ここはA-RISEの面々がいたおかげでかなりすんなり入り込めたのは良かったね。
 アイドルものにライバルは必須だよね。
 この映画はA-RISEがいなかったら成立してなかっただろう、TVシリーズが全てμ'sのみで完結していたのならば、スクールアイドル要素が薄まっていたからだ。
 μ'sに並ぶ同等の存在、がいればこそこの設定が輝くのだ。
 そして、このスクールアイドルという概念をラブライブの根源にしたことにより。
 Aqoursの存在がすんなりと入り込めるようになっている。
 …映画にも、Aqoursの面々がカメオ出演すると思ってたんだけどね、残念。
 今後は彼女達がラブライブというコンテンツを引っ張っていくことになりますが、新人にはあまりにも大きすぎるコンテンツです、果たしてどうなることやら。
 ここで、μ'sじゃなければラブライブじゃない!
 …とか言ってしまうような人間は、この映画の何を見たのか、となるので。
 Aqoursにつなぐためにも必要な映画だったんだと思いますね。

 そんなワケで、基本ファン向けの映画なので。
 最初に書いたように、単独の一本の映画、としては別に出来が良い訳ではないです。
 そのため、ラブライブ知らないけど見る→なにこれつまんねぇ、となる可能性大。
 この辺だけ注意すると良い。
 何にせよ満足です、μ'sの最後にこれ以上のものは望めないってくらい良かった。
 あとは…映画の結果に対しての公式の動き次第かな。

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Author:波多緒理樹
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